第12話



 月明かりが射す城の一室。そこでは、数日毎に行われるある密談の最中だった。
「さっきから気になっていたんですが…その紙は何です?」
 レオンが興味深げに、机の上に置いてある紙を覗こうとした。ヘディンはその紙を取り上げて、自分の口元に持っていく。
「いくらなんでも他人の手紙を覗くな。…ラークが、ファーナの旅に同行するってことになった、って手紙だよ」
 中身についてはあっさりと打ち明けたヘディンに、ライラが反応する。
「『堕天使』は?討ち果たせなかったということですか?」
「…倒せなかったというよりは、様子見を決めたみたいだな。本当に倒すべきなのか、見極めたいと」
「倒すべきか、見極めたい…。父の見立ては強ち間違いではないと?」
 ヘディンは肩を竦める。
「さあな。アイツにはアイツの事情があるから、そう単純に信用したわけじゃないと思う」
 そう言って、ヘディンは机の引き出しに手紙を仕舞い込む。
「さて、さっきの話の続きだが…」
「各領地への派兵はともかく、フィリアとの停戦を無期限にするなんて、対地教強硬派の方々が何と言うか…」
 ライラが冷静に答える。
「非常事態だ。人間同士で争っている場合じゃない。放っておいたらどうなるか、毅然と語れば問題はない」
「人間同士、じゃなくて、『天使と人間』ですよ、あの方々の頭の中は」
 レオンの言葉にヘディンはむっとしたが、すぐに元の表情に戻った。
「それならば、建国の祖の物語でも語ってやるさ。この地に居た者達と、『赤天使』ハーレイの、魔獣との戦いの叙事詩をな」
 ふーっと、レオンが長い溜息をつく。
「…王子は、意外とロマンチストですな。きっとあの方々は、それすらも『天使の施し』と解釈するでしょう。『天使』は人間以上の力を持っている。その揺るぎのない事実を背景に、権力を得てきたのは誰です?」
 ヘディンはその言葉に顔を顰める。
「ともかくだ。その方針で進める。…戻った兵を各領に派遣してしまえば、なし崩しに戦争を仕掛ける戦力だって足りなくなる」
 多少声を荒げてヘディンは言い切った。ふっとレオンは笑って肩をすくめた。
「別に王子を批判したわけじゃないですよ。ただ…相手はそれだけ強大だってこと、お忘れなきよう」
 そう言って、挨拶をしてからレオンとライラはヘディンの自室を後にした。それを見送った後、ヘディンは先ほど仕舞った手紙を再び出した。「約束通り、ファーナを保護した。誘拐犯については、その罪状を見極める必要があるが、いずれ何らかの判断はする。お前は気にせず、お前の宿願を果たせ」
 力強い親友の字に、安堵感が胸に広がる。
(やってやるさ。いくら相手が強大だろうと、諦めかけた夢、叶えてみせる)


 ルバタを出てから2日目の早朝。3人を乗せた馬車は山道を走っていた。街道をそのまま行けば遠回りになるため、敢えて山越えを選んだ。
「何か、魔獣とか出てきそうだね」
 割と整備された山越えルートではあるが、早朝ということもあって、往来は少ない。南国とは言え、山間部はやはり朝は冷える。その寒さからなのか、恐怖心からなのか、ファーナは身をぶるっと震わせた。
「そういや、スレークのあのガキ、アレから出てこないな」
 カティスがふと思い出して口にする。
「地の精霊術を使う少女、と言っていたか」
 ラークも、ルバタでの一件をその日のうちに聞いていた。
「襲ってくるなら、単独行動の時に隙を突いて来るだろう。3対1では向こうもやりづらいだろうからな」
「まあ確かに…」
 ファーナがそう言い終わりかけた時だった。馬車が突然止まった。
「どうした?」
 ラークが御者に声を掛ける。御者は幌の方に振り返り、声を潜めて告げた。顔面は蒼白だった。
「…前方に魔獣がいます。それも相当数」
 その言葉を聞き終わるや否や、三人は馬車から降りて進行方向を見た。巨大な犬が二足歩行しているような風貌の魔獣が、ぞろぞろと徒党を組んで集っている。その中心に何があるか、ファーナは想像して眉を顰めた。
「…助けなきゃ!」
 慌ててファーナが馬車から降りる。馬車の中の二人にも手招きをして降りてくるよう促す。
「早くっ」
「…ったく、どうなっても知らねぇぞ」
 ファーナに続いてカティスとラークも降りた。一度ファーナとラークを制止して、カティスがゆったりと歩いてその集団に近づく。十頭ほどのその集団はカティスの気配に気が付き、こちらを振り返る。想像したとおり、集団の中心には、旅人が2人、倒れていた。それを確認して、カティスは集団に声を掛けた。
「おい、お前ら!俺らの方が上物だぜ!こっちにかかってこいよ!」
 魔獣たちは顔を見合わせた。何らかの意志確認をした後、全頭が猛烈な速さで襲いかかる。
「ば、馬鹿!カディ、挑発してどうすんの!」
 後方に控えていたファーナが身構える。カティスはにっと口の端を上げ、剣を抜いた。
「センセ、向こう頼むな!」
 その言葉にラークは素早く動く。襲ってくる集団の横を全速力で駆け抜け、倒れている旅人の元へと走っていった。
「じゃあ、姫さん。俺が討ち漏らした奴、お前にやるから」
「え、ええっ?」
 持っている得物で無秩序に殴りかかる魔獣を、さらりと避けながら剣を繰り出し前進する。急所が外れた魔獣が倒れず襲いかかってくるところを、ファーナが炎の拳で殴って止めを刺す。
「これで終いだ!」
 最後の魔獣に剣を振るう。しかし、得物の剣で受け止められてしまった。
「くっ」
 鍔迫り合いになる。他の魔獣を倒したファーナも、カティスの側に駆け寄った。
「カディ、大丈夫?」
「コイツが頭領ってとこみてぇだな。技術が高い」
 グウグウと唸りつつ、魔獣が力を込めてくる。どう仕掛けようか逡巡していた時だった。
「ファーナ、後ろっ…」
 前方で旅人達の容態を窺っていたラークが大きな声をかけた。とっさにファーナは後ろを向く。後方で下がっていた馬車が、止めを刺し損なった魔獣に今まさに襲いかかられそうになっている。
「う、うわああ!こら、お前らっ!少しはっ、落ち着けぇっ!」
 御者の懸命な手綱さばきも虚しく、馬車は一目散に元来た道を走り逃げて行ってしまった。
「…え、うそ、ちょっと、戻ってきてくださいよー!」
 ファーナの叫びも虚しく、馬が駆ける音はやがて遠ざかり消えてしまった。馬車に襲いかかろうとしていた魔獣はぐるっとこちらに反転した。
「馬車なんて気にするな!今は、こいつら倒すのが先だろ」
「わ、分かってるわよ!」
 一気に襲いかかる魔獣に、ファーナは身構えた。飛びかかって来た魔獣の着地点を推測して、拳に炎を纏わせる。
「はあああっ!」
 降りてくる魔獣の腹目掛けて拳を繰り出す。当たった瞬間に炎を拡大させ、魔獣の身体ごと燃やす。そのまま回し蹴りをして他の魔獣を巻き込んだ。
「へっ、やるようになったじゃねーか、姫さん」
 鍔迫り合いになったまま、振り返ってカティスが茶化す。
「ちゃんと前見て戦いなさいよ!負けるわよ!」
「言うようにもなったな…って、うおっ」
 鍔迫り合いに負けてバランスを崩す。そのまま振りかぶってくる魔獣に対し、瞬時に体勢を立て直し、身を低くする。そのまま剣を魔獣の脇腹目掛けて薙ぎ払う。
『グオオオォ!』
 よろめいた一瞬、魔獣の向こう側に光が見えた。それを確認して、カティスは後ろに退く。
『…矢となりて我が面前の敵を射よ!雷迅!』
 ラークの放った矢が突き刺さり、電撃がほとばしる。黒こげになった魔獣はやがて、炭となって散っていく。離れて見ていたファーナがカティスの元に近寄った。
「だから言ったじゃない!」
「結果オーライだろ。余裕だって」
 言い合う二人の元に、ゆっくりとラークが歩いてくる。
「あの旅人達は無事だ。直に気が付くだろう」
「ホント?!良かったぁ…」
 ファーナはラークの言葉に胸を撫で下ろす。ふと、遠くから、カラカラと軽い車輪の音が聞こえてきた。
「あ、馬車戻ってきた!良かったぁ、このまま歩きにならなくて」
「わ、皆さん…凄いですね、この魔獣皆倒しちゃったんですか…。流石というか何というか…」
 御者は戻って来るなり感嘆の声を上げた。そしてふと、先の方へと目をやった。
「あ、その人達は…」
「無事だ。出来れば、近くの街まで送り届けてやりたいが、定員以内に収まるか?2人だ」
「へえ、それなら大丈夫ですが…」
「なら頼む。おい、お前も突っ立てないで手伝え」
 ちえっと舌打ちをしてカティスはラークの後へ続いた。ファーナもひょこひょこと付いていく。30歳前後の男性二人、一人は右手に固く剣を握り、長い黒髪に無精髭を生やした浪人風の男、もう一人は、短い茶髪で軽装の青年だ。二人とも、旅をするのに最低限の荷物しか持っていない。
「…あれ?」
 ファーナが気絶している旅人2人を見てぼそっと零す。
「どうした」
「この人達って、賞金稼ぎじゃない?ほら、そこの腰のところの筒状の紙…」
 まずいとファーナは思った。自分も賞金をかけられて、手配されている。今まで山道をひたすら歩いてきたのはこうした人々に見つからないためでもあった。
「じゃあ、どうする?ほっといて行くか?」
 ラークが口の端に笑みを浮かべ、優しい口調でファーナに尋ねる。そんな馬鹿はすまいだろうと、暗にそう告げている。
「え、そんなこと出来ないよ…」
 そんな問答を繰り返しているうちに、茶髪の青年の目が覚めた。
「ん、んー…?あ、あれ?生きてる…?」
 むっくりと上体を起こし、自分たちを囲んでいる3人の人物をぐるりと見渡した。頭をぼりぼりと掻いて戸惑った表情を浮かべる。
「え、えーと…、皆さんが、助けてくださったんで?」
「成り行きだ。偶然通りかかったら、魔獣が居たから倒したまでだ」
 つっけんどんにラークは答えた。青年はへぇ…と感嘆の声を上げる。
「僕らも、結構腕には自身あったんすけどねぇ…。感謝します、ありがとうございます」
 そのままの姿勢で彼はぺこりと頭を下げた。頭を起こして、まだ隣で伸びている黒い髪の青年を見やる。呼吸をしていることを確認すると、ほっと溜め息をついた。
「あ、申し遅れました。僕はシジェって言います。こっちはオーガス。とりあえず、賞金稼ぎやってます」
「とりあえず?」
 ファーナが不審に思って聞き返した。
「あ、いやぁ…。元は海賊なんですよ。でも、稼ぎが足りないから、陸に上がったんすけど…。コレじゃ、陸の上の河童っすね」
 てへへ、と照れたようにシジェは人懐っこそうな笑みを浮かべた。そしてふと思いついたかのように、三人に逆に尋ねた。
「…そういや、皆さんは?あの数の魔獣倒すってったら、相当な腕をお持ちですよね?やっぱ同業者っすか?」
「え、えっと…」
 たじろいだファーナを余所に、ラークがまた返す。
「私はエルガードの術士でラークと言う。所用でリクレアのバイエルまで向かうところだ。彼らは私の…まあ、後輩だな」
「え?光の貴公子と名高い、あの…」
 シジェは目を丸くして驚き、感心した。ラークの素性さえ分かれば、後の二人はオマケである。それ以上の事をシジェは追求しなかった。
「お前達はこれからどこまで行く?バイエル方面なら、私の馬車で送ってやるが」
 ラークの申し出に、シジェはまだ意識の戻らない相方を見やって、しばらく逡巡した。意を決して、伝える。
「方向は同じなんで、お邪魔で無ければ、お願いします。オーガスも心配だし…」


 気を失ったままのオーガスと、シジェを新たに乗せて、馬車は今日の宿泊予定の街までひた走る。このペースで行けば、日が暮れる時間帯には着きそうだった。真ん中を縦断するようにオーガスが横たえられ、オーガスを挟む形でシジェとラーク、ファーナとカティスに分かれて向かい合わせで座った。シジェは車中でしばらく、ラークに質問攻めをしていた。
「はあ…疲れた」
「大して戦ってないだろ」
 迷惑そうな表情を一つも浮かべないラークと、矢継ぎ早に質問するシジェを眺めながら、ファーナとカティスはぽつぽつと喋る。
「だってほら…何か、前より魔獣強くなってる気がしない?さっきだって鍔迫り合いに負けたじゃない」
「よそ見してたからだ」
「まあ…それはそうなんだけど」
 うーん、とファーナは唸る。納得がいかないが、その根拠も解らない。
「考えたって何も解決しねぇだろ。向かってくる奴は片っ端から倒すしか…」
 そう話している最中に、馬車が急に大きな音を立てて弾んだ。前の方から、御者の声が聞こえる。
「済みません、ちょっと大きな石を踏んじゃって…」
「う、うーん…?」
 今の衝撃で、気を失っていたオーガスが目を覚ましたようだ。上半身をむっくりと起こして、ぼーっとした表情でシジェの顔を見つめた。
「オーガスさん!気が付きました?」
 喜色満面の笑みをシジェは浮かべた。呆然と、ゆっくり頭を巡らせて、顎の髭をさする。
「…ここは」
「ほら、ゴブリン共に襲われたじゃないっすか?あの時にこの人達に助けてもらったんすよ!で、バイエルの方向って言うから乗せてもらったんすよ」
 ふーんと唸ったオーガスは、仏頂面でシジェに向いた。
「…お前、この娘が何者か知っていて相乗りさせてもらったのか?」
 ファーナが息を飲んだ。シジェは狐につままれたような表情を浮かべ、ファーナの方を向いた。
「へ?この娘が?何か?」
「ほらっ、ポスター見ただろ!行方不明になったカルディアの姫だ!領事に通報すれば、謝礼がもらえる…」
「残念だが、もうその件は解決済だ」
 息巻いたオーガスを、冷静な口調でラークが制した。
「黙って家出したんだよ、この姫さん。途中で俺が保護して、もう国元には無事だって連絡してある」
 口元に人が悪そうな笑みを浮かべてカティスがその後に続けた。オーガスはその言葉に呆然としたが、シジェはへぇ、と感心したような声を上げた。
「え、じゃあ、見聞を広める旅ってとこっすか。今時珍しいっすね」
 シジェはにかっと笑ってみせた。悪意は無さそうだった。ファーナはその表情にほっと胸を撫で下ろす。
「ちっ、折角金が入ると思ったのにっ」
 乱暴に長い黒髪を掻き、一つ舌打ちをした。
「そんなことはいいっすから。オーガスさん、お礼しないと」
 シジェに促されて、ようやくオーガスは自分の置かれた状況を飲み込んだようだった。しばらく間があってからファーナに向かってペコリと頭を下げた。
「助けて貰って感謝する。正直、ご助勢がなければ死んでいたところだった。…この恩、どうして返したらいいものか」
「いいんですよ。私たちも成り行きだったんですし」
 ファーナはにっこりと微笑んだ後、一本人差し指を顔の前に立ててオーガスに迫った。
「…ただ、あまり私のこと他の人に言わないでくださいね。折角のお忍び旅ですから」
 オーガスの表情が一瞬固まった。やや間があって、ハハハと豪快に笑った。
「分かってるって。売るようなことはしない。俺らはこう見えても義賊なんだから」
 その言葉に、シジェだけが苦笑していた。


 峠の街クーラントに着いたのは、もう日が落ちた後だった。山越えルートを通る旅人が宿泊する街として、古来より栄えている宿場町だ。そのせいか、街は随分と賑やかだった。
「んじゃ、僕らはここでお別れします」
 街に入ってすぐのところで、シジェとオーガスは馬車を降りた。
「えーっ、もうお別れなの?」
 ファーナが残念そうな声を上げる。
「これ以上、お世話になるわけにはいかないっすから。それに僕ら、ここでやんなきゃいけないことも…」
 そこまで言ったところで、オーガスがシジェの肩をポンと叩いた。シジェは小さく「あっ」と声を出して、気まずい表情を浮かべた。
「何にせよ、世話になった。また縁があったら会おう」
 ぺこりとオーガスは頭を下げ、シジェを引き連れて雑踏の中へ消えていった。カティスがファーナの後ろからその様子を見て、ぽつりと言った。
「…何する気なんだ、あいつら」
「さあ…分かんないけど、悪い人達じゃなさそうだよね」
 相変わらずのんびりと答えるファーナに、カティスは大仰に溜め息を吐いて、幌の中に戻った。ファーナもそれに続く。それを見計らって、馬車は静かに今日の宿へと動き出した。
「…ま、オーガスはともかく、あのシジェって奴は悪さもできねぇ感じだな。元海賊というのも怪しいくらいだ」
 カティスの言葉に、ファーナはシジェが略奪している図を脳裏に描こうとした…が、想像が出来なかった。本当に人が良さそうな人物だった。
「海賊…か」
 ぼそっとラークが呟いた。ファーナとカティスはその声の方を不思議そうに見た。
「…何かあったか?」
「いや…、何でもない。それより着くぞ」


 一行が入ったのは街随一の古宿だった。少しでも快適に過ごしたい旅人は新しい宿を取るため、この宿にはあまり客は泊まっていなかった。食事を取る際に、宿の主人が一行に声を掛けてきた。
「お主達も、渓谷の洞窟に向かうのかね?」
「渓谷の洞窟?」
 ファーナが興味深そうに聞き返した。
「この村の奧に渓谷があってな、最近その洞窟から魔獣どもが現れるって噂だ。で、風評被害が怖いってんで、その魔獣に懸賞金を掛けてるんだ。倒した者には金一封、出現を食い止めたらかなりいい額が出るんだと。最近はそれ目当ての賞金稼ぎが多いんだ」
 老齢の主人は長い眉毛を指先で撫でて、難しい顔をする。
「…イイコトじゃないの?だって、商売だってかえって繁盛してるんじゃないの?」
「出現自体を止めねば、かえってその懸賞金が枯渇してしまう、そういうことか」
 主人の替わりにラークが答えた。主人は大きく頷いて、溜息をついた。
「出始めたのは…確か一ヶ月くらい前だ。噂が広まって、最近じゃ格好の餌場じゃ。…賞金稼ぎどものな。このままではこの街が魔獣どもより先に人間に滅ぼされちまう」
 三人が顔を見合わせた。ファーナの表情が明るくなる。カティスはそれを見て呆れたように溜め息を吐き、ラークは納得したように頷いた。
「…あの、その洞窟ってどう行けばいいんですか?」
「ああ、それなら街道と逆の出口から出て、道なりに行けば、歩いて半日とかからないが…」
 主人の顔が険しくなる。
「やはり、お主たちも金を稼ぐ気になったのか?」
 ファーナはかぶりを振った。真剣な表情で主人をみつめる。
「…原因、突き止めて、魔獣の出現を止めてみたいんです。困ってるって聞いて、放っておけないですから」


「全く世話好きだな、あの姫さん」
 翌日の行程を確認してからファーナと別れ、部屋に入るなり、カティスは大仰に溜息を吐いた。
「正義感が強いんだ。あそこの家…いや、赤竜の血がそうさせるんだろう」
「…ま、確かにな。ハーレイによく似てる」
 古い名を、カティスは口にした。
「ハーレイ…。カルディア王家の先祖か。会ったことが?」
「まあな」
 窓際に行き、外を眺めて呟く。眼下には、夜でも家々の灯火で明るい町並みが広がっている。
「…しかし、一ヶ月くらい前、か…」
 ラークはドア側のベッドの縁に座って靴を脱ぎながら呟く。
「…?」
 ラークの言葉に、カティスは外から目線を部屋の中に戻す。
「考えすぎかもしれんが、お前が目覚めた時期と近い。天教の伝説では、魔獣とも手を組んだだのと言われているから、何かあるのかと思ったが…直で見ていてそんなことも無いしな」
「…さあな。少なくとも、俺は知らねぇな」
 不機嫌そうな表情を浮かべてカティスは答える。
「そうだな…。疑っている訳ではないんだが、どうもな。何か心当たりでも無いのか?」
「―…無いな」
 しばらくの沈黙の後に発せられた言葉に、ラークは一つ、溜息を吐いた。
「まあ…そのうち何か解るだろう。それよりも今日は早く寝ることだな。明日は誰かのお節介のせいで朝早いから」
 そう言って、ラークは早々にベッドに横になった。カティスは右手でシャツの胸元を掴み、また窓の外を見つめる。
(…確かに俺の知る限り、無い…。だが…この違和感は何だ…?)
 胸中に生まれたかすかな疑念は、しばらく晴れることは無かった。



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